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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和45年(ワ)69号 判決

主文

被告は原告栖原俊子に対し金三八六万円、原告栖原勝、原告栖原律江、原告栖原武、原告栖原徹ら四名に対し各金一三三万円宛及び之等に対する昭和四五年四月二日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することが出来る。

被告が原告栖原俊子に対し金一三〇万円、その余の原告らに対しては各金四〇万円の担保を供するときは右仮執行を免かれることが出来る。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は原告栖原俊子に対し金三八六万円、原告栖原勝、原告栖原律江、原告栖原武、原告栖原徹に対し各金一三三万円宛及び之等に対する本訴状送達の翌日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  被告の目的は、日本道路公団法第一条により、その通行又は利用について料金を徴収することができる道路の新設、改築、維持その他の管理を綜合的かつ効率的に行うこと等によつて、道路の整備を促進し、円滑な交通に寄与することにある。而して、被告は道路整備特別措置法第三条により、建設大臣の許可を受けて第三京浜国道を新設し、同法第四条により、料金の徴収期間の満了の日まで、当該道路の維持修繕等を行い、同法第七条により、当該道路の管理者たる建設大臣の権限を代行するのであるから、道路法第四二条の「道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない」との道路管理者の責務は被告にあるのである。

二  右の次第であるから、被告は第三京浜国道の交通の円滑を図るため、必要な場所に道路標識を設けなければならないのであり(道路法第四五条)、自動車の操縦上危険と認められる箇所又は注意の必要があると認められる箇所には、「危険」又は「注意」を標示する警戒標識(道路標識令第二条二)を自動車から見易い地点に対面して、同令別表第一に定める区分に従い設置しなければならないのである(同令第三条)。

三  訴外亡栖原美男は、昭和四四年一一月七日午前九時一〇分頃、横浜市港北区折本町一二七〇番地先第三京浜国道に於て、訴外丸山徳臣運転の自動車が転倒した際負傷し、同日午後〇時五五分死亡したのであるが、右転倒は、右高速道路の清掃に携わる訴外簗瀬和夫が、前記警戒標識を設置した上、区間を定めて通行を禁止し、又は制限をするなどの措置を執らず(道路法第四六条、第四八条)、更に所定の黄色の制服を着用せずに、突如、右道路上に発見した一メートル余のゴム紐を取り除こうとして、訴外丸山運転の車両の前方約一〇〇メートルの地点に駆け足で立ち入つたため、訴外丸山が訴外簗瀬への危険を慮り、急制動を掛けたに因るのであつて、被告は、訴外亡栖原の死亡に因つて原告等が蒙つた損害を賠償する義務がある。

四  被告の右損害賠償義務は、先ず民法第七一七条に基くと主張する。即ち、料金を徴収する高速道路は土地を基礎とする企業組織であり、訴外簗瀬の如きは道路清掃に携わる企業の人的施設であるから、訴外簗瀬の右行為に因つて生じた原告等の損害に対し、被告は企業者として無過失責任を負うべきである。

仮に、右主張が容れられないとした場合、何びともみだりに自動車専用道路に立ち入つてはならないのであるし(道路法第四八条の五)、高速自動車国道の管理に従事する者が、過失により高速自動車国道に於ける交通に危険を生じさせたときでも処罰されるものなるところ(高速自動車国道法第二八条)、訴外簗瀬の、前記警戒標識を設置せず、且つ所定の黄色の制服を着用せずして自動車専用道路に立ち入つた行為は、明らかに同訴外人の過失であり、又、同訴外人が自称「ハイウエイ開発株式会社」なるものの被用者であるとしても、右「ハイウエイ開発」は被告の被用者であるから、被告は民法第七一五条の使用者の責任を負うべきである。

更にまた、仮に右「ハイウエイ開発」が被告から道路清掃を請負つていたとしても、被告に対し独立の地位をもつ者ではなく、被告の指揮監督に服する者なること高速自動車専用国道の性質上極めて明らかであるから、被告は民法第七一六条但書の注文者の責任を負うべきである。

五  原告栖原俊子は、訴外亡栖原美男と昭和二八年四月二二日に婚姻した者、原告栖原勝は原告栖原俊子と同訴外人との間に昭和二八年六月二六日に出生した者、原告栖原律江は同じく昭和三〇年六月四日に出生した者、原告栖原武は同じく昭和三四年一〇月一日に出生した者、原告栖原徹は同じく昭和三八年五月二二日に出生した者である。

六  訴外亡栖原美男は、昭和三年二月一一日生であるから、厚生大臣官房統計調査部編「昭和四二年簡易生命表」によると、日本人としての平均余命は二八・三六年以上であり、昭和四二年一一月一日改訂の政府の自動車損害賠償保険事業損害査定基準たる就労可能年数表によると、就労可能年数は二〇年であるところ、同訴外人は昭和四四年三月頃訴外丸山徳臣と共同で家屋内外の塗装事業を経営し、事務所を訴外亡栖原美男方とし、本件事故当時訴外花形善四郎、同斎藤重利を雇傭していて、訴外亡栖原美男及び訴外丸山の本給を各月金六万円として余剰利益は機械器具材料購入資金に充てることとしていた。普通世帯主の生活費は収入の五割程度と扱われているので。訴外亡栖原美男の純収入額は月金三万円とみるべきであるから、それに対し月利一二分の五%、二四〇ケ月の就労可能月数としたホフマン法の月別法定利率による単利年金現価総額表の率を乗じ、本件事故当時の得べかりし利益の現在価を求めると金四九八万円となる。原告等は之を相続したのであり、原告栖原俊子の相続分は金一六六万円、その余の原告等の相続分は各金八三万円である。

七  原告栖原俊子は、訴外亡栖原美男の葬儀費用として実際には金二九六、〇五二円を支出した。然し中には領収書を徴し得なかつたものもあるので、葬儀費用の定額化の傾向に従い、葬儀そのものに要した費用及び追善供養費を含めて金二〇万円を請求する。

八  原告栖原俊子が夫を失い、その余の未成年の原告等を唯一人で扶養していかなければならない破目におちいつた精神的苦痛が、筆舌に尽し難いものであることは見易い道理である。その余の原告等の父を失つた精神的苦痛もまた同様である。慰謝料算定には画一的基準はないが、原告栖原俊子のそれを金三〇〇万円と主張し、本訴ではその内金二〇〇万円を請求する。その余の原告等のそれを各金一〇〇万円と主張し、本訴ではその内金五〇万円を請求する。因に、原告等は、前記訴外丸山運転の車両が訴外亡栖原美男の所有であるからとの理由で、自賠法の保険金の支払を拒否されている。

九  よつて、原告栖原俊子は逸失利益金一六六万円、葬祭費金二〇万円、慰謝料金二〇〇万円の合計金三八六万円を、その余の原告等は逸失利益各金八三万円、慰謝料各金五〇万円の合計各金一三三万円を、本訴状送達の翌日以降完済迄民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金と共に請求するものである。〔証拠関係略〕

被告指定代理人は、原告等の請求を何れも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁及び被告の主張として、

一  請求の原因第一項を認める、但し、第三京浜国道ではなく、第三京浜道路(都県道)であつて、被告は建設大臣の権限を代行して右道路を管理しているものではない。同第二項は、被告が一般論として法令上道路標識の設置義務を負うことを認めるが、その余を争う。同第三項は、原告等主張の交通事故が発生して訴外亡栖原美男が死亡したことを認めるが、その余を争う、尚、作業員は所定の制服を着用していた。同第四項を争う。同第五乃至第八項は何れも不知。同第九項を争う。

二  本件事故発生の道路は、道路法第四八条の二第一項に規定する自動車専用道路であり、高速自動車国道法第四条に言う「自動車の高速交通の用に供する道路」ではない。又、本件事故発生の道路は、最高速度が全線で時速八〇キロメートルに規制されている。

三  本件事故は、昭和四四年一一月七日午前九時一〇分頃、横浜市緑区折本町一二七〇番地先の第三京浜道路の、「日本道路公団、第三京浜道路、ホール番号一九三号」の標識が付されている水銀灯(以下、一九三号水銀灯、他の水銀灯も之に倣う)から横浜寄り約一〇メートルの上り第三通行帯(中央分離帯に直近する追越車線)上に於て発生したものであるが、右事故は、運転者である訴外丸山徳臣の過失のみによつて発生したものであつて、被告には何等の帰責事由も存しないこと以下に述べる通りである。

(一)  作業員訴外簗瀬を中心としてみた事実関係

(1)  事故発生の第三京浜道路につき、被告と請負契約を締結した訴外ハイウエイ開発株式会社の被用者である訴外簗瀬和夫は、当日午前九時頃助手の訴外角田かづえと共に同訴外会社所定の作業衣及びヘルメツトを着用し、同訴外会社所有の道路維持作業用自動車(以下、清掃車)に乗り込み、屋根に取り付けてある黄色回転灯を自らの手で作動せしめ、同訴外会社の港北営業所を出発して港北インターチエンジから第三京浜道路に入り、東京方面に向う上り車線や路肩附近の紙屑、空ビン、動物の死体その他車両の走行上支障となるものを集積、搬出、処分する作業(以下、補助清掃)のため、その路肩部(中央分離帯の直近より第三通行帯、第二通行帯、第一通行帯、待避車線とあつて、その待避車線を言う)を時速一五乃至二〇キロメートル位の低速で進行を開始した。

(2)  清掃車が一九五号水銀灯を通過して間もなく、一九四号水銀灯の手前約一〇メートル位の路肩左横の法部にダンボール箱のような屑を発見し、殆んど同時に前方約二〇乃至三〇メートル地点の第三通行帯と第二通行帯を区画するレーンマーク(路上の白線)上(別紙図面(A)の位置)に、一見金物のような黒色の落下物(後にガラスの破片が附着している自動車の窓わく用パツキングゴムと判明、以下、ゴム紐と称する)を発見したので、これをそのまま走行車線上に放置することは危険であると判断した訴外簗瀬は、前記ダンボール箱のような屑と右ゴム紐を回収するのに最適と認められた地点(別紙図面の位置)に清掃車を停止させた。

(3)  訴外簗瀬は、ダンボール箱のような屑の回収を助手に委せた上、運転台から路上(路肩部)に降り、走行車線上のゴム紐を回収するため、通常の通り、上り車線の走行車に対する安全確認をしたところ、先頭車は真近かに迫つていたのでこれをやり過した。その時、附近の走行車は極めて少なく、右通過車に続く次の走行車は遙か遠く約四〇〇メートル後方(別紙図面(1)の位置)に認められたので、従来の経験から右ゴム紐を回収して帰る余裕は十分にあると判断した。その瞬間的判断と同時に訴外簗瀬は駆け足で落下地点に行き、ゴム紐を拾い上げつつ再度接近車に対する安全確認をしたところ、第三通行帯を走行して来る先頭車の位置(別紙図面(2)の位置)までなお約一八〇メートルの距離があると認められたので、前記同様に危険はないと判断の上、駆け足で清掃車まで戻り、ゴム紐を清掃車後部から荷台に投入した後、小走りで運転手席側のドアに至り、ドアを開けようとしたとき、訴外丸山の運転する自動車(以下、訴外丸山車)が異常音を発し乍らその背後を通過して行き、次の瞬間、横転転覆し、一九三号水銀灯の手前約一〇メートルの第三通行帯上(別紙図面〈停〉の位置)に停止したのである。

(4)  ところで、訴外会社の所有に係る右清掃車は、専ら補助清掃のための運行に供されるものであり、関係法令及び被告公団と訴外会社との請負契約に於ける特記仕様書の定めに従い、その車体を黄色に塗色し(道路交通法施行規則第六条の二)、運転席上部の屋根上に黄色点滅式の回転灯をつけ(道路交通法施行令第一四条の三、道路運送車両の保安基準第四九条の二)ていたのであるが、右灯火は本件事故の前後を通じて回転作動していた許りでなく、清掃車の後部には横一・一メートル、縦四〇センチメートルの白色地に夜光黄色塗料で「清掃中」と大書した標識板をも設置していたものである。之に対し原告等は、作業員が本件の道路に立ち入り、清掃作業に従事するに当つては、道路標識を設置し、区間を定めて通行を禁止し又は制限をするなどの措置を執るべきであつたと主張するが、右主張は、一定個所に於ける或程度の所要時間を必要とする工事若しくは作業形態が想定される場合ならば妥当する。道路清掃作業に於ても、除去する対象が散乱した物で、それに相当の時間を要する場合は勿論交通規制の措置を講ずることになるが、本件のように瞬時に完了する作業については、そのような規制の必要は考えられない。このことは、道路標識令に於てもかかる作業形態を前提とする標識の規定をおいていない反面、極めて短時間の作業を移動しつつ行う当該作業車両そのものに警戒標識を設置すべきものとする道路交通法施行令、同施行規則及び道路運送車両の保安基準の諸規定からみても明らかである。而して、本件清掃車が右に規定される標識を設置していたことは既に述べた通りであるから、原告等の右主張は失当であり、この点をもつて作業員の過失とすることはできない。

(二)  訴外丸山車を中心としてみた事実関係

(1)  当日の訴外丸山車は、時速九〇から一〇〇キロメートル位の速度で第三京浜道路上り線を進行していたものとみられ、事故現場手前一キロメートル位のところで速度の遅い訴外田久保八重子運転の車に追いつき、速度を上げて第三通行帯に於て之を追い越したが、その追越地点は港北インターチエンジ附近(別紙図面の通り、事故現場手前六、七〇〇メートルに当る)と考えられる。ところで、港北インターチエンジから本件事故現場までの道路は、ゆるやかに右カーブを画いているが、清掃車停止位置から手前二五〇メートル位の間は殆んど直線に近く、全般的に極めて見とおしの良い状況にある。

(2)  追越しを終えた訴外丸山車は、そのまま直進したと言うのであるから、少なくとも時速九〇乃至一〇〇キロメートル、或いはそれ以上の速度で見とおしの良い第三通行帯を走行し、その後前方約二六三メートルの地点(別紙図面(一)の位置。但し、訴外丸山はこの距離を約四〇〇メートル若しくは約二五〇メートルとも供述している)で道路の左端から中央に向つて駆け足で出て来る歩行者(訴外簗瀬)を認め、同人の後方を通過せんとして何等減速の措置を執ることなくハンドルを左に切り、一且第二通行帯に転進したものの、同人が二区分と三区分を区分している区画線上に落ちている何かを拾い、もと出て来た所に引き返し始めたので、ハンドルを右に切り返した。この時点に於ける訴外簗瀬との距離は約一八〇メートルで、一九八号水銀灯の手前七メートルの地点である(別紙図面(二)の位置)。ところが、第三通行帯へ転進すべく切り返したハンドルが少し大きく切り返し過ぎていたため、今度は中央分離帯に接触しそうになり、又左へ急ハンドルを切つたことから、この時点で訴外丸山車は安定を失うに至つたのである。この時の訴外丸山車の位置は、一九五号水銀灯の位置に於ける第三通行帯であり、訴外簗瀬との距離は約三五メートルになる(別紙図面(三)の位置)。そして、左への急ハンドルを切つたことにより、安定を失つた訴外丸山車は左側の車体が浮き上り、右車輪によつて長さ二二メートルもの異常スリツプ痕(コーナーリング痕)を残しつつ第三通行帯から第二、第一通行帯へと移動して行つた。この状態のままでは車両が路肩をも越えて道路左側の切土による法面に衝突することになるので、訴外丸山は車を元の正常な状態に戻すべく、又ハンドルを右に切り返した。このため訴外丸山車は極度の不安定状態に陥り、長さ二一メートルと、一七メートル半の各異常スリツプ痕(コーナーリング痕)を路肩部と第一通行帯に残して一八〇度回転して転覆(別紙図面〈転〉の位置)し、更に惰性により一五メートル以上に及ぶ屋根と路面との滑走擦過痕を残し、車の前部を横浜方面に向けてようやく停止(別紙図面〈停〉の位置)したものであり、この間、訴外丸山がブレーキ操作をした事実は全く認められないのである。

(3)  尚、前記異常スリツプ痕の内後者の二本は、訴外丸山車が右へ急ハンドルを切つたことにより、同車はそれまでも不安定状況にあつたのに加え、遠心力の作用と車内の同乗者などの移動によつて、車体の重心が外側(左側)に移動したため、右側車体が浮き上つた半横転状となり、左側後車輪によつて長さ二一メートルの、左側前車輪によつて一七メートル半の異常スリツプ痕が生じたものと推認される。

(三)  本件事故の発生原因

本件清掃作業に従事した訴外簗瀬の作業行動は、自動車専用道路或いは高速自動車国道に於ける補助清掃に於て要求される注意義務、安全確認を十分果しており、同訴外人には何等の過失もない。ところで、清掃車には「清掃中」の標識を設置していた外、警戒標識である黄色回転灯を作動させていたのであり、右標識は少なくとも四〇〇メートル以上手前に於て確認することが十分に可能であつたから、運転者は、右清掃車の附近に於て清掃作業が行われ、作業員等が道路上に出現する場合もあることを予見し得るのであつて、之を発見した場合には減速等の措置を執るなど細心の注意を尽して運転すべき義務があると言うべきである。現に、訴外丸山車に追越された訴外田久保は、約三〇〇メートル手前に於て訴外簗瀬を発見し、減速の措置を執つているのである。然るに、訴外丸山は、清掃車を約二六三メートル手前(別紙図面(一)の位置)で発見し乍ら、最後まで減速措置(ブレーキ操作)を執らなかつたのである。このように、本件事故は一にかかつて訴外丸山の過失、即ち、警戒標識により清掃車を早期に発見すれば、当該標識の内容たる警戒の趣旨に添うべき運転をなし得たのに、これを看過した前方注視義務違反の外、制限速度を越えたスピード違反による走行、及びハンドル操作のみにより事故を回避しようとした判断の誤り、更にはブレーキ操作を全く忘れ、且つハンドルを急操作している運転未熟に起因するものと言うべきである。

四  以上の通り、本件事故は訴外丸山の過失のみに起因するものであるが、仮に、訴外簗瀬の清掃作業に過失があり、それと本件事故との間に相当因果関係があるとしても、被告に損害賠償の義務はない。即ち、

(一)  原告等は先ず民法第七一七条の適用を主張し土地の工作物に人的施設(必らずしもその意味が明確でないが)が含まれるとするが、独断的な解釈に過ぎない。何となれば、土地の工作物とは、「土地に接着して人工的作業を為したるに依りて成立せる物」(大審昭和三年六月七日民集七巻四四三頁)をいい、「建物墻壁地害の如く土地に接着して築造せる設備を指称」(大審大正元年一二月六日民集一八巻一〇二二頁)するものであつて、原告等の言う人的施設を含まないと解するのが相当である。仮に、原告等主張の如く土地の工作物に人的施設が含まれるとしても、原告等の主張する瑕疵の内容は必らずしも明らかではないが、設置又は保存の瑕疵とは、その物が本来具えているべき性質又は設備を欠くことであり、原告等の言う「人的施設」としては、何ら欠くるところはない。

(二)  原告等は次に民法第七一五条の適用を主張する。然し乍ら、ゴミ拾い行為を行つた清掃作業員訴外簗瀬が訴外ハイウエイ開発株式会社の被用者であることは原告等主張の通りであるけれども、訴外会社は被告の被用者ではなく、訴外会社と被告とは夫々独立した請負人と注文者との関係である。訴外会社と被告間に於ては、昭和四四年六月二日第三京浜道路及び横浜新道を対象とする道路清掃についての請負契約を締結したのであるが、この契約は民法に規定する典型的な請負契約である。注文者としての被告は、道路清掃の完成を注文し、注文どおりの結果を得るべく特記仕様書及び共通仕様書に従つて清掃を行なうことが契約の内容となつているが、これは労務の支配力を意味するところの指揮監督権ではない。然も事故当日、訴外簗瀬は、同じ訴外会社の被用者である訴外角田かづえを助手席に乗せて清掃作業に従事したのであるが、その作業中に於ける行動の詳細は既に詳述した通りであつて、之等の行為はすべて終始訴外簗瀬の独自の判断に基きなされたものであり、被告の訴外会社又は訴外簗瀬に対する指揮監督権の如きは、直接的には勿論、間接的にも存する余地がなかつたのである。

(三)  原告等はまた民法第七一六条但書の適用を主張するが、同条但書は、注文者が請負人に対して与えた注文又は指図について過失があつた場合に、注文者が損害賠償の責に任ずる旨規定しているのである。原告等が、本件につき何をもつて注文又は指図の過失と主張するのか不明であるが、原告等が不法行為と主張する訴外簗瀬の本件清掃行為について述べるならば、訴外簗瀬は自らの判断で道路に立ち入り、ゴム紐を拾つて車に戻つたのであるから、この行為に対して被告は実体上何ら注文又は指示を与えていない。また被告は、訴外会社に対して特記仕様書及び共通仕様書に従つて清掃を行なうよう注文をしたが、これら仕様書自体には何等の過失も存しない。これらの仕様書によつては、衣服の着用、標識の設置、回転灯の点灯などが義務づけられているに過ぎず、その注文には何等の過失もなく、従つて被告は民法第七一六条但書の責を負ういわれはない。〔証拠関係略〕

理由

一  請求の原因第一項の内、第三京浜国道の名称と、被告が建設大臣の権限を代行して係争の道路を管理していることを除くその余の点、同第二項の内、一般論として被告が法令上道路標識の設置義務を負う点、同第三項の内、昭和四四年一一月七日午前九時一〇分頃、横浜市港北区折本町一二七〇番地先道路上に於て、訴外丸山徳臣運転の自動車が転倒した際訴外亡栖原美男が負傷し、同日午後〇時五五分訴外亡栖原が死亡した事実は、何れも各当事者間に争いがない。

二  よつて先ず、事故発生の態様について検討する。

(一)  事故現場の状況

成立に争いなき乙第四号証、同第八号証、証人角田かづえ、同簗瀬和夫の各証言により成立を認め得る同第一号証の一、証人岡本裕の証言により成立を認め得る同第六号証を綜合すると、次の各事実が認められる。

(1)  現場の位置は、東京都世田谷区野毛三の一の一番地を起点とし、南方に略々直線状をもつて、終点の横浜市保土谷区内三ツ沢交差点に至る県道一三〇号線(通称第三京浜道路)上で、終点より東京方面へ約五キロメートルの港北インターチエンジより、更に約六〇〇メートル東京寄りの地点である。

(2)  右第三京浜道路は、中央分離帯によつて上下線が完全に分離され、片側車線の幅員は一四メートルで、アスフアルトで舗装され、平坦で乾燥しており、通行区分は、中央分離帯の直近より第三通行帯(追越車線、幅員四・五メートル)、第二通行帯(追越車線、幅員三・五メートル)、第一通行帯(走行車線、幅員三・五メートル)及び待避車線(幅員二・五メートル)である。

(3)  交通規制は、自動車専用道路で、横断、転回、駐車が禁止され、制限速度は、最高速度毎時八〇キロメートルに神奈川県公安委員会より指定されている。

(4)  道路上の見とおしの状況は良好で、見とおしを妨げる設置物又は障害物がなく、道路は前記港北インターチエンジより東京寄りに右に大きくカーブしているが、横浜方面に向かい、事故現場附近の待避車線外側端より約四五〇メートル、同じく中央分離帯附近からでは約二〇〇メートルの見とおしが可能である。

(5)  現場に残された痕跡として、三条の鮮明なスリツプ痕と車両の転倒擦過痕が存在した。先ず第一のスリツプ痕一条は、後記認定のゴム紐が存在した地点から約二四、五メートル横浜寄りの第三通行帯上から東京寄りに待避車線に向かい、東京方面にふくらんで湾曲した約二一・九メートルのもので、次に第二第三の二条のスリツプ痕は、第一のスリツプ痕の延長線上に生じ、且つ待避車線附近から東京寄りに第一通行帯に向かい、待避車線の方向にふくらんで湾曲した平行のもので、第二のスリツプ痕(外側)が約二一・〇メートル、第三のスリツプ痕(内側)が一七・五メートルあり、更にその延長線上で、東京寄りの第二第三通行帯上に車両の転倒擦過痕が続いた先に、屋根を下にした自家用普通貨物自動車(後記認定の訴外丸山車)が横転転覆していた。尚、右第一乃至第三のスリツプ痕と車両の転倒擦過痕は、全体としてゆるやかなS字状を呈していた。

(6)  当日の天候は、曇天無風であつた。

以上の事実が夫々認定される。他に之を左右するに足りる証拠は存在しない。

(二)  訴外簗瀬和夫の行動

前顕乙第一号証の一、同第八号証、成立に争いなき同第一〇号証、同第一六号証、同第一七号証、証人角田かづえの証言により成立を認め得る同第一号証の二、同証言及び証人簗瀬の証言を綜合すると、訴外簗瀬和夫の事故時の行動を次の通り認定することが出来る。先ず、訴外簗瀬が事故現場附近の待避車線に清掃車を停止させる迄の行動は、概ね被告の主張第二項(一)(1)(2)の通りであることが認められる。次いで訴外簗瀬は、清掃車より右側の第三通行帯と第二通行帯を区画するレーンマーク(路上の白線)上に存在する一見黒色の落下物(以下、ゴム紐)を回収するため、運転台から路上に降り、平素の如く上り車線の走行車の状況を確認したところ、先頭車が真近かに迫つていたのでこれをやり過した。その時、附近の走行車は極めて少なく、右通過車に続く次の走行車までは相当の距離に認められたので、右ゴム紐を回収する余裕があると判断し、駆け足で落下地点に行き、ゴム紐を拾い上げて再度走行車に注意したところ、先頭車(訴外丸山徳臣運転の車両、以下、訴外丸山車)が接近していたが、尚前記同様に余裕があると判断した上、駆け足で清掃車迄戻り、ゴム紐を清掃車後部から荷台に投げ入れた後、小走りで運転席側のドアに至つて之を開けようとしたとき、訴外丸山車が異常音を発し乍らその背後を通過して行き、次の瞬間、横転転覆し、清掃車より約四〇メートル東京寄りの第三通行帯上に停止するに至つた。以上の事実が夫々認定される。ところで、証人簗瀬は、ゴム紐を回収せんとして走行車を確認した際、先頭車の訴外丸山車まで約四〇〇メートルの距離があり、更にゴム紐を拾い上げて清掃車に戻る際には同訴外車が約一八〇メートル先方にあつたから、ゴム紐を回収する行為によつて訴外丸山車の運転者に何等の支障をも与えていない旨証言しているが、同証言は、前顕乙第八号証及び証人丸山徳臣、同田久保八重子の各証言に対照してにわかに措信し難い。

而して、右清掃車は、訴外ハイウエイ開発株式会社の所有に属し、専ら第三京浜道路の清掃用に供されていたもので、その車体を黄色に塗色し、運転席上部の屋上に黄色点滅式の回転灯をつけ、本件事故当時も之を作動しており、且つ清掃車の後部に「清掃中」と大書した標識板を設置していた。又、作業員の訴外簗瀬は当時、訴外会社に命ぜられた通り、黄色のヘルメツトを被り、二本の線が入つた作業服を着用していた。以上の各事実が認められる。他に之を覆えすに足りる証拠は存在しない。

(三)  訴外丸山徳臣の行動

前顕乙第四号証、同第八号証、同第一〇号証、成立に争いなき甲第一号証、乙第五号証、同第九号証、同第一一乃至第一四号証、同第一八号証、証人丸山徳臣、同花形善四郎、同田久保八重子の各証言及び原告本人栖原俊子の尋問の結果を綜合すると、事故時の訴外丸山の行動を次の通り推認することが出来る。

当日訴外丸山は、自家用普通貨物自動車(訴外丸山車)の助手席に訴外花形善四郎、運転席の後部座席に訴外斎藤重利、助手席の後部座席に訴外亡栖原美男を同乗させた上、同車両を運転し、第三京浜道路上り線を進行して東京方面に向つたもので、港北インターチエンジを通過してから、第二通行帯を走行中の普通貨物自動車(訴外田久保八重子運転の車両、以下、訴外田久保車)の追越しにかかり、第三通行帯に移行した上、時速約九〇キロメートルに上げて訴外田久保車の右前方に出た頃、およそ二六〇メートル先きの待避車線上に黄色回転灯を作動させて駐車中の車両を認め、且つ、間もなく該車両より進路の中央に向つて駆け足で出て来る歩行者(訴外簗瀬)を発見したが、同人が進路を横断して中央分離帯に渡るものと推測し、同人の後方を通過すべく、第二通行帯の方向に移行して進行を継続したところ、意に反し、同人が第二通行帯と第三通行帯を区分する白線上の何物かを捨い、もと出て来た所に引き返し始めるのを認めるに至つたものの、既に、そのまま直進すれば衝突しかねない至近距離に達していたので、急拠ハンドルを僅か右に切つて歩行者を避けようとし、更に中央分離帯を避けようとしてハンドルを左に大きく切つたため車の安定を失い、次いで体勢を立て直そうと再びハンドルを右に切り返したことから車両が横転転覆し、そのはずみで同乗の訴外亡栖原が車外に投げ出されて重傷を負つた外、訴外丸山、同花形、同斎藤らも夫々負傷したものであることが認められる。

(四)  訴外田久保八重子の行動

前顕乙第一八号証及び証人田久保の証言によると、当日訴外田久保八重子は、普通貨物自動車(訴外田久保車)を運転し、第三京浜道路上り線を時速約八〇キロメートルで東京方面に向つたものであるが、港北インターチエンジを通過してのち第二通行帯を進行中、前方約三〇〇メートルの待避車線に駐車中の車両から一人の男性が出て来るのを認めて間もなく、後続して来た普通貨物自動車(訴外丸山車)が第三通行帯に出て追い越しをかけ、訴外田久保車の右前方に出た頃、駐車中の車両から出て来た前記男性が中央分離帯に向かうのを発見したため稍々減速したところ、その歩行者が進路の白線上で何物かを拾つた後、反転して元の位置に戻ろうとしたので、訴外丸山車と衝突するのが必至であると感じた瞬間、訴外丸山車が左に大きくカーブして転覆し、自己はその数メートル手前で停車したものであること、又、当時走行車が極めて少なく、訴外田久保車の後続車は、遙か後方に肉眼で豆粒位に眺められたことが夫々認められる。

(五)  事故の発生原因

(1)  右の認定事実に基いて考えるに、本件事故が、訴外丸山の過失に基いて発生したことは明らかであると言うべきである。即ち、訴外丸山が、前方注視を怠り、且つ制限速度を超えて走行した許りか、訴外簗瀬を進路前方に認め乍ら徐行もせず、同訴外人が予想に反して反転するや、急拠ハンドル操作のみによつて之を回避せんとしたことが、本件事故を惹起した主要な原因であると認めねばならない。

(2)  次に、訴外簗瀬の行動と本件事故との関係について考えるに、同訴外人が、自動車専用道路を高速で進行して来る自動車運転者に対し、運転上の支障を与えないように十分の距離を保つて右道路に立ち入つたか否かについては甚しく疑問の存するところであり、寧ろ、同訴外人が突然自動車専用道路に立ち入つたことが、歩行者のあることを度外視していた訴外丸山に対して少なからざる心理的影響を与え、更に、訴外丸山車が相当に接近しているのに拘らず、訴外簗瀬が途中でゴム紐を拾つて反転したことが、訴外丸山に衝突事故が決定的であるとの動揺を与え、その結果訴外丸山をして運転を誤らしめ、ひいて本件事故に至らしめたものと推認されるところである。従つて本件の場合、訴外簗瀬の注意義務としては、訴外丸山車と訴外田久保車の通過を待つてゴム紐を回収すべきであつたのであり、万止むを得ずゴム紐の回収に着手した後と雖も、途中で引返えすことなく、一旦中央分離帯上に退避すべきであつたと考えるのが妥当であるから、之に反した訴外簗瀬の行動には過失があつたと認めねばならない。尤も、訴外丸山車の後続車である訴外田久保車は事故を回避しているが、訴外田久保車は、訴外丸山車の異常な動静を目撃し乍ら後続しているのである上に、訴外丸山車の数メートル手前で停車したのであるから、訴外田久保の行動からみて本件事故が訴外丸山の一方的な過失により発生したものと認めることが出来ない。又、前顕乙第一〇号証によると、事故現場附近の道路上に於て、普通乗用自動車に四名が乗車し、時速九〇キロメートルで走行して急制動をかけた場合、四四メートルで急停止し得る旨の実験結果を得たことが認められるが、同実験は、沈着冷静に制動距離を測定した場合なのであるから、本件事故と同一条件と言うことが出来ず、従つて、之をもつて本件事故が訴外丸山の一方的過失と言うことは出来ないものと解する。まして、第三京浜道路は、道路法第四八条の二第一項に言う自動車専用道路であつて、同法第四八条の五により、何びともみだりに自動車専用道路に立ち入つてはならないのであり、道路管理者の行う道路の清掃作業もその例外ではないと解されるから、このような道路を進行する自動車運転者の歩行者に対する前方注視義務は、歩行者の往来する道路上での前方注視義務に比較し、その程度に於て軽減されるところがあるのは当然であると考えられる。従つて、訴外丸山にのみ責任を科するのは相当でないと解する。

ところで原告等は、訴外簗瀬が通行禁止又は通行制限の道路標識を設置しなかつたことが過失の一内容である旨主張するが、この点に関しては、被告の主張(第三項(一)(4))が正当であると考えられるので、原告等の右主張は採用し難い。

(3)  然らば本件は、若し訴外簗瀬のゴム紐を回収する行為がなければ訴外丸山車の事故は起きなかつたであろうと考えられる場合であるから、訴外簗瀬の行為は間接的に、また訴外丸山の行為は直接的に各々本件事故と因果関係があり、そして、右両者の行為に夫々過失を認め得ること前認定の通りなので、両者は本件事故につき共同不法行為者としての責を負うべきであると解する。

三  そこで次に、被告の責任について検討を加える。

(一)  原告等は先ず、民法第七一七条を責任原因として主張するが、同条第一項に言う工作物の設置保存の瑕疵とは、本件の場合、道路が本来備えているべき設備性質を欠いていることにつき、設置上若しくは管理上のなすべき措置がなされていなかつたことを指すと解され、例えば、照明設備の不備、陥落部分の未修理等、道路の物的な安全性の欠如のために一般交通に支障を及ぼす危険性がある場合を言うと考えられるから、原告等の主張する清掃作業員の注意義務を欠いた一時的な行動は之に含まれないと解する外はなぐ、従つて、原告等の主位的主張は採用し難い。

(二)  次に、民法第七一五条の使用者責任の主張について考えるに、前顕乙第六号証、証人簗瀬、同岡本、同塚原侃の各証言を綜合すると、被告公団は、訴外ハイウエイ開発株式会社との間に、被告公団が注文者、訴外会社が請負人となり、民法上の請負契約を締結して右請負人に第三京浜道路の清掃作業を行わせていたものであり、訴外簗瀬は同訴外会社に雇傭された従業員であることが認められる。然し乍ら、前顕各証拠を仔細に検討すると、同訴外会社は右清掃作業につき、作業時間、作業方法及び作業結果等につき被告公団監督員の厳しい指示監督を受けていた許りか、作業に必要な車両を被告公団より貸与を受けることが出来たのであり、然も同訴外会社は、被告公団の管理する道路の料金徴収、売店経営、清掃作業などの下請等を主たる目的として設立された会社であることが認められるから、このような関係にある以上、被告公団は本件につき使用者責任を免かれ得ないと解する。即ち、被告公団と訴外会社とは、形式的には夫々別個独立の事業体ではあるが、訴外会社は、被告公団の行う業務に専属的若しくは優先的に奉仕する関係にあり、更に本件事故の原因となつた道路清掃についても指揮監督を受けていた立場にあると認められるから、このような場合には一般的に支配服従の関係が恒定していると見るべく、従つて、被告公団に対し使用者責任を肯認するのが相当である。然らば、この点に関する原告等の主張は理由があると言わねばならない。

四  よつて進んで損害額につき考察する。

(一)  前顕乙第一二号証、証人丸山の証言により成立を認め得る甲第二乃至第四号証、同証言及び原告本人栖原俊子の尋問の結果を綜合すると、訴外亡栖原美男は、事故時四一歳で普通の健康体の男性であり、訴外丸山と共同で塗装業を営み、二名の従業員を雇傭して月収約金六万円を挙げていたこと、そして、原告栖原俊子は同訴外人の妻、原告栖原勝は長男、同栖原律江は長女、同栖原武は二男、同栖原徹は三男であることが認められ、他に之に反する証拠は存在しない。そうだとすると、訴外亡栖原の逸失利益の現在価は、就労可能年数を二二年(二六四ケ月)、月収は原告等の主張に従い生活費二分の一を控除して月額金三万円、二六四ケ月の月別ホフマン式係数を一七七・八〇三三とするのが妥当であるから、次の通り、金五、三三四、〇九九円と算定される。

30,000円×177.8033=5,334,099円

従つて、原告等の金四九八万円の請求は正当であり、之を相続構成により、原告栖原俊子がその三分の一の金一六六万円、その余の原告等が各自金八三万円宛を相続したと言うべきである。

(二)  原告本人栖原俊子の尋問の結果により成立を認め得る甲第五乃至第五四号証及び同尋問の結果を綜合すると、原告栖原俊子は夫の葬儀費用として、香典返しと認められる甲第三〇乃至第三七号証、同第三九乃至第五〇号証の各支出を除外しても、計金二〇万円以上を支出したことが認められるから、同原告の葬儀費用金二〇万円の請求は正当である。

(三)  訴外亡栖原の死亡に因る慰謝料は、同訴外人が働き盛りの世帯主である点、その他弁論の全趣旨に鑑み、金四〇〇万円をもつて相当とし、内訳は、原告栖原俊子が金二〇〇万円、その余の原告等が各自金五〇万円宛とするのが妥当である。

五  果して然らば、被告は、原告栖原俊子に対し金三八六万円、その余の原告等に対し各金一三三万円宛、及び之等に対する本訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四五年四月二日以降完済迄、民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。よつて、本訴請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法第一九六条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

添付図面省略

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